やまと郡山城ホール・エントランスの名彫刻どこへ 秀長像に交代

柳原義達の「靴下をはく女」=2026年1月15日、奈良県大和郡山市北郡山町の市やまと郡山城ホール、浅野詠子撮影
奈良県大和郡山市北郡山町、市立やまと郡山城ホールのエントランスホールを飾っていた現代日本を代表する市ゆかりの彫刻家、柳原義達(1910~2004年)の作品「靴下をはく女」(ブロンズ)が突然、豊臣秀長像に変わった。秀長は放送中のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主役。柳原の彫刻は大ホールの2階ロビーに移動。催事がない日は一般市民が入れない場所。郡山城ホールのシンボルが交代した格好。

大和郡山ライオンズクラブ寄贈の秀長像=2026年1月15日、大和郡山市北郡山町の市やまと郡山城ホール、浅野詠子撮影
市企画政策課によると、秀長像は昨年12月11日、大和郡山ライオンズクラブ(堀口伸一会長)から、大河ドラマの放送が地域振興につながればとの期待を込めて寄贈された。像は高さ1.75メートル、繊維強化プラスチック製で、製作費は418万円。寄贈を受けた後、すぐに「靴下をはく女」と置き換えた。
一方、柳原義達は神戸市生まれ。戦前は在野の新制作協会彫刻部の創立会員として活躍、戦後は日本の具象彫刻を代表する作家の一人に。父は大和郡山市の出身で、祖母は旧奈良県河合村(現・河合町)に住んでいた。このことから、幼少のころから奈良県の風景に親しみ、東京美術学校(現・東京芸術大学)に進学してからも度々来県し、仏像を見て回った。
「奈良の声」は同課に対し、「靴下をはく女」が突然どこかに行ってしまったようにも見えるし、市民に移転先の案内をしてもよかったのではないかと聞いた。明確な回答はなかった。市民から問い合わせはないという。
同ホールには、「靴下をはく女」のほかにも「道標・鳩」など柳原の作品が計6点展示されている。「靴下をはく女」は1993年の制作で、翌年、篤志家が市に寄付した。
奈良県立美術館が開館20周年を記念した1993年の特別展「奈良ゆかりの現代作家―柳原義達・井上武吉・上村淳之・絹谷幸二の世界」の目録には、優れた文章家でもあった柳原の寄稿文が載っている。「飛鳥時代の仏像や、東大寺の仁王像などの造型力は、ロダンの造型思考とまったく共通の面を持っていることに驚き、フランスに行って学んだ彫刻的本質と、日本の古代からつながっている本質と何ら代わらないことをつくづく感じた」
三重県立美術館は2003年、柳原義達記念館を設置。同館学芸員らによると、戦後間もなく、柳原が作品を預けていた民家が火災に見舞われ、戦前のほとんどの作品を焼失したという。1952年に渡仏し、ブールデルの弟子に学んだ柳原が42歳で再出発する様子は、奈良県立美術館の同特別展の目録に描かれている。
やまと郡山城ホール指定管理者によると、「靴下をはく女」は移動前から、子どもたちが作品の上に乗って遊んだり、揺らしたりすることもあって、倒れる危険があったため、赤いテープの仕切りで囲んである。市企画政策課は「秀長像はよろい部分など、細部が精巧にできていると思われる。現在、設置している場所は人通りが多く、エントランスホール前で3月2日開館の大河ドラマ館の期間終了(来年1月22日)後は設置場所を変える場合もあり得る」と話している。
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- ジャーナリスト浅野詠子
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