視点)巨大ダムの不経済を考える 奈良県吉野川、相次ぐ地滑り対策工事
左はアンカー工で埋め尽くされた感のある高原トンネルの地滑り対策工事現場(2024年4月26日)、右は工事前(2020年9月8日)=奈良県川上村
奈良県川上村の大滝ダム(吉野川、国土交通省、主目的・治水)湖岸で地滑り対策工事が相次いだ。最近では、国道169号高原トンネル内の亀裂に端を発した対策工事が今年5月末に完了したばかり。ダム建設によって水没した旧国道の付け替え道に位置する。半世紀にわたる工期、3640億円に上る巨額の事業費。11年前に完成したダムは不経済な印象をいっそう強くした。
大滝ダム貯水に起因した同村白屋地区の地面や家屋の亀裂現象(37世帯立ち退き)から21年。国はこれまで、同地区や高原トンネル南詰め付近など計3地区の湖岸で地滑り対策工事を行ってきた。
高原トンネルの対策工事で山の斜面に打ち込んだアンカー工768本を合わせると、抑止工の累計は1276本を数える。
トンネル内で見つかった亀裂による地滑り対策工事は2020年に着手。事業費は当初見込まれた43億9000万円の2倍を超える108億円に膨らみ、工期も1年2カ月延びた。道路は県管理で、国庫補助率は4分の3。技術的な難易度が高い工事のため、国土交通省近畿地方整備局紀の川ダム統合事務所が担当した。
この工事で採用されたアンカー工のうち最も深い地点は地下80メートル。一方、ダム堤体が完成する前、国が白屋地区で行った地滑り対策工事は深度20、30メートル程度の浅い地滑りを想定したもので、試験貯水中に地滑りが発生した。元住民が起こした損害賠償請求訴訟では深度70メートル地点の粘土層(滑り面)が争点となり、大阪高裁は2010年、国が安全対策を怠ったことを認めた。
高原トンネルの亀裂は、大滝ダムの貯水(有効貯水量8400万立方メートル)とまったく関係ないと言いきれるのか、近畿地方整備局に聞いた。
同局河川工事課が今年5月30日、電子メールで回答した主な内容は次の通り。
「奈良県が設置した国道169号高原トンネル安全対策検討会で、変状の現状確認を行い、安全を確保した交通開放に向けた検討がされている。その検討会で、観測された地滑りの移動状況と大滝ダムの貯水位、降雨に関連が明確に現れていないことが確認されており、現時点においても新たな見解は示されていないことから、関連性に変わりはないと奈良県から聞いている」
ダム湖岸の地滑り対策工事はこれで終結するのかについても尋ねた。
「貯水池内で対策が必要な箇所については大滝ダム貯水池斜面再評価検討委員会(委員長・千木良雅教授=京都大学防災研究所=、2006年3月)をはじめとする委員会から提言を頂き、必要な対策を行った。なお、周辺地域の国道169号や国道425号においても土砂崩壊が発生していることはご承知の通り」
高原トンネルの完成は1996年。五條市にある紀の川統合事務所は、貫通したときに取り出された原石をガラスケースに入れて展示している。自然と格闘した工事に誇りを持っている。
大滝ダム建設事務所は吉野町河原屋にあった。調査設計第二課長だった板垣治さんが1979年に書いた論文「ダム湛水(たんすい)の影響する破砕地帯地すべり地の斜面安定について一考察」は警告していた(「奈良の声」既報)。
よく知られた中央構造線の運動に伴い、大滝ダム周辺は無数の断層、褶曲(しゅうきょく)構造が発達し、地下深部の地層は破砕され、粘土化した脆弱(ぜいじゃく)な状態があることを板垣さんは重視していた。こうした地質状況から、ダム完成後の貯水位変動による地滑りの発生を危ぶみ「実態および体系づけられた文献もほとんどなく、現場ではその対策に非常に苦慮している」と書き残したのだった。
奈良県、和歌山県が支払った巨額の地方負担金も難工事を支えたといえる。今年5月に完了した高原トンネルの対策工事を除くダム湖岸3地区の地滑り対策だけで総額は430億円に上る。うち68億8000万円を奈良県営水道と同県一般会計が負担した。
県はこの巨大な水がめを頼りに26市町村との水道統合を早ければ2025年度にスタートさせる。
裏を返せば、人口密度が高い奈良盆地の浄水場が激減し、遠い吉野川からの導水が加速する。また県は「利水にも治水にも力を発揮する」と鳴り物入りで築造した初瀬ダム、天理ダムについて、水道水源(大和川水系)の役割をいとも簡単に放棄する。
地質の課題だけでなく、将来は堆砂量の増大が予想される大滝ダム。水道統合はメリットばかりが宣伝されているが、山下真知事の新県政がこのダムとどう向き合っていくのか試される。