記者余話)大和郡山ゆかりの彫刻家、語り継がれなかった故郷への思い 城ホールの柳原義達作品の寄贈者、本人なのに市が不開示

柳原義達の作品寄贈について大和郡山市が開示した行政文書。左が当初の開示請求に対するもので寄贈者名が不開示、右が不開示を取り消したもので寄贈者名が開示されている=浅野詠子撮影
奈良県大和郡山市のやまと郡山城ホールに展示されている市ゆかりの彫刻家、柳原義達(1910~2004年)の作品「靴下をはく女」(ブロンズ)は、本人が寄贈したものとして、約30年前の市広報紙で公表されていたが、今ではすっかり忘れられている。なぜなら、市は寄贈者の氏名を四角四面に一般の個人情報として扱い、今年1月、不開示にしていたからだ。
同市は柳原が幼少のころからなじんだ父方の里。作品の寄贈を紹介した広報紙には、ふるさとに寄せた柳原の談話が掲載されていた。もはや語り継ぐ職員もいなくなったのだろう。
同作品を巡っては、最近まで同ホールのエントランスホールを飾っていたが、突然、豊臣秀長像に入れ替わった。このため、「奈良の声」記者はその経緯や作品の寄贈者が分かる文書を昨年12月、開示請求した。
これに対し市は今年1月、同作品が1994年に寄贈を受けたものであることを記録した文書を開示したが、寄贈者氏名については個人情報保護を理由に不開示とした。市は、当時の広報紙を確認していなかった。
記者は寄贈者氏名の開示を求め、市に審査請求し「市は美術品の取得に関する文書の作成から相当な年月が経過しているにもかかわらず、秘匿の姿勢を保持している。柳原は日本の現代彫刻を代表する具象作家の一人で、市が作品を取得した経緯は地域の美術史を構成する。市の歴史的文書に該当し、寄贈者の氏名を開示すべき」と訴えた。
これを受け、市が寄贈当時の広報紙を確認したところ公表済みだったことが分かった。市は不開示を取り消し、寄贈者名を開示した。作品は柳原が市制40周年を記念して寄贈したものだった。
市は「靴下をはく女」など3点の柳原作品が寄贈された当時の市広報紙「つながり」を確認。そうしたところ、1994年8月1日号に柳原から寄贈を受けた同作品など3点が市内の公民館などに展示されていることを紹介する記事があった。柳原の「郡山の風景が私の仕事の基礎になっているように思います。この町を故郷に持てることを誇りに思っています」との談話も紹介されている。
担当の市企画政策課は「広報紙は公表を目的として作成し、広報紙に書かれている内容は開示しない公文書から除外する規定があるため、不開示決定を取り消した」と話した。
大和郡山市は柳原の父の郷土。祖母は旧奈良県河合村(現・河合町)に住んでいた。このことから、幼少のころから奈良県の風景に親しみ、東京美術学校(現・東京芸術大学)に進学してからも度々来県し、仏像を見て回っていた。
柳原が作品を寄贈した日から18年が過ぎた2012年。東京国立近代美術館が60周年を迎え、「美術家たちの証言~東京国立近代美術館ニュース『現代の眼』選集」が刊行された。その口絵カラーで紹介された横山大観ら19作家の美術作品のうち、彫刻の分野で採用されたのは高村光大郎、橋本平八、柳原義達の3作品だった。
秀長像と交替する形で、「靴下をはく女」は現在、やまと郡山城ホール大ホール2階ロビーに移動。催事がない日は一般市民が入れない場所にある。
筆者情報
- ジャーナリスト浅野詠子
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