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地域の埋もれた問題に光を当てる取材と報道


ジャーナリスト浅野詠子

記者講演録)水道の広域化と自治を考える

大正時代から稼働する上田市営染屋浄水場=2024年8月23日、長野県上田市古里

大正時代から稼働する上田市営染屋浄水場=2024年8月23日、長野県上田市古里

 本稿は、「奈良の声」記者浅野詠子が2024年8月24日、長野県上田市の市中央公民館で「おいしい水を広める市民の会」が開いたシンポジウム「勉強会・おいしい水の願い!」で基調講演した際の内容を修正し再構成したものです。

奈良県の大型統合は国推奨のモデル、水道の自治縮小へ

 皆さんこんにちは。長野県企業局と長野市、上田市など4市町村の水道統合の協議が始まりました。本日のシンポジウムは、自己水源が豊富な優良水道を持っている上田市の人々が「もう少し立ち止って考えたい」と開かれました。私は奈良県から参りまして、本県は全国でも屈指の大型水道統合の実現を目前とする段階にあり、取材して見聞きし考えたことをお話します。

 改正水道法が施行されたのは2019年のことで、広域連携の推進に向けた都道府県の役割が明記されました。さらに、コンセッション方式による民営化を選択する道筋が開かれました。

 改正後初の大型統合と目される奈良県は、26もの市町村が一気に直営水道の形態を廃して、県水道局と垂直統合し、統一料金によって2025年4月の事業開始を目指しています。国が推奨する水道広域化のモデルと言えるでしょう。今後、さまざまなところで検証されていくと思います。

 水道広域化の受け皿となるのが企業団です。何だか勇ましい団体のように聞こえるかもしれませんが、一部事務組合という形態で、特別地方公共団体であります。従って、私たちの市役所や県庁の仲間ですね。

 複数の自治体が共同で事務処理する公共団体である以上は、まずは意思決定機関である企業団議会の定数や情報公開制度の在り方、そして住民参加の仕組みを論じる必要がありました。

 しかし奈良県の場合は、協議に参加した市町村のうち、住民説明会を開いたのはたったの3市。パブリックコメントを実施した市町村はゼロ。第三者委員会を開いたのは1市だけ。旗頭の県水道局にしても、私が行った開示請求に対し、統合に向けた協議に関する多くの公文書を黒塗りの不開示にしてきました。その上、開示する日の延長を何度も実施しています。

 このように「参加と公開」という地方自治のイロハがなおざりにされてきたわけです。なぜでしょう。それは時限措置の国庫補助金に手を挙げるのが早ければ早いほど多くの金額を獲得できるという国の奨励政策と関係があると思います。2025年度に事業を開始すれば満額受給できる計算です。

 これにより、奈良県の広域水道企業団には10年間で211億円の国庫補助金が入る予定です。それじゃあ県庁も一肌脱ぎましょうということで、あえて県の一般会計から、国と同額の211億円(10年間の合計)を出すというのです。

 特定の一部事務組合の施設耐震化などに対し、県の一般会計からこんなにお金を出してしまうのは不公平でしょう。水道一体化の協議から離脱した奈良市や葛城市をはじめ、最初から協議に入っていない10村は簡易水道に対しても平等に支援するべきだと思います。

 それでは飽き足らないとでもいうのか、協議から離脱したこれら2市に対して用水供給単価を引き上げることが予定されています。そもそも県営水道(主要水源・大滝ダム)の供給単価は1立方メートル当たり130円と、他府県と比べて割高なのに、奈良、葛城の両市に対して企業団は6円値上げの136円で売る予定です。問題はないのでしょうか。

 参加する26市町村は経営格差と料金格差がとても著しいですが、一気に統合してしまうので、まさに補助金頼みです。

 国庫補助金のあり方を巡っては1990年代の後半、地方分権推進のうねりの中で見直しが論議されてきました。中央省庁が地方に影響力を行使する原資としての国庫補助金をいかに削減し、地方の自主財源にどう振り分けていくかが国政の課題に上った時代です。現在の奈良県の動向を観察しますと、分権一括法(2000年施行)より前の中央集権の昔に戻ってしまったのかと案じられます。

 かつて鳥取県知事をしていた元総務大臣の片山善博さんは「国庫補助金を獲得するプロになるということは、地方自治の素人に成り下がることだ」と警鐘を鳴らしました。

 奈良県は、水道広域化の協議を進める過程で、肝心な企業団の定数案さえ黒塗りの不開示にしてきました。最近になってようやく示された案は、人口10万人以上の市から3人の議員しか出せず、5万人以下の市町村となると、たった1人の議員しか送り出せません(議会はたぶん年2回)。このままでは水道の自治は後退するでしょう。

打ち上げられた800億円の効果額

 荒井正吾前知事の号令で28市町村(当時)の統合協議が始まろうとしていた5年ほど前。県は水道一体化の効果額を800億円と試算し広報紙に掲載しました。それがどうした、という気がしました。そもそも一体化の主要水源となる大滝ダム(国土交通省、総事業費3640億円)の建設に際し、奈良県は600億円もの負担金を払っています。800億円の効果と言われても、にわかに信じがたい気がしました。

 どうやって効果額を算出したのか、その根拠を知ろうと、まずは積算するコンサルタント会社を決める入札の経緯を調べると、応札した全社が予定価格(奈良県は事前公表)と同じ金額を入れたため、くじ引きで落札者が決まっていました。日ごろはファシリティマネジメントなどと、今日風な横文字を並べて水道統合の意義を公表している割に、お祭りの当て物のような素朴な行為が行われていたのです。

 そのうち県内部でも効果額を修正する必要性を認識して計算をやり直し、600億円台に下方修正しました。ところが下方修正した事実をはじめ、その理由については一切、県民に広報していません。県は日ごろ、聞かれたこと対し最少限度のことしか答えないし、広域連携の国庫補助金もいろいろなメニューがあるのに、そうした選択肢は水道消費者に知らせる努力をしていません。まるで県が採用するものが最善であるような広報です。

 やがて県は効果額を言わないようになりました。代わって登場するのが、広域化による水道料金の将来試算です。市町村が単独経営をするより、広域化の企業団に入った方が、値上げの幅を抑制できるというのが県の試算です。明日のことも分からないのに、30年後の水道料金試算ができるでしょうか。

 ある日、水道統合の料金試算の決め手の一つになったのではないかと思われる会議録を見つけました。それは、低廉な奈良市の料金水準に合わせようという提案でした。これを元に、30年間のおよその投資額を決めて、国の人口予測などの数値を加味すれば、おおよその料金水準というものが決まってくると思います。

 さらに最近、県に開示請求した文書から、敷設年度が不明な水道管が参加26市町村の合計で800キロに及ぶことが分かりました。また、県が開示した文書の中から、改正水道法が義務付けている水道施設台帳を整備していない市町村が6団体ある記録も見つけました。

 自分自身の水道施設の実像たるデータを整えていない市町村があるのに、どうして統合に向けた料金試算ができるのでしょうか。「料金が安い」などと言っておけば、格好の議会対策になったのかなと思います。

 先ほど申し上げましたように奈良県内は、参加市町村間で著しい経営格差があるのに、県は水道統合のメリットばかりを主張してきました。ここで、もう1つ気になっていることは、水道料金は安ければ安いほど良い、という偏った見方を若者たちに植え付けることはないのでしょうか。

 ご存じのように水道料金には利益が含まれていますが、株主に分配するわけではなく、将来の投資のために内部留保金として積み立てていきますね。これを「公共的必要余剰」と呼ぶ研究者もいます。すなわち、料金が高いか安いかという視点より、適正なのかどうか、これを議会で徹底審議することが大事であると考えています。

 奈良県の水道統合に参加予定の26市町村のうち、製造コストより販売価格を下げて住民に供給している団体は3分の1ぐらいあるでしょう。とりわけ累積赤字に悩み、料金の上昇が避けられない市町村は、広域化で大変な得をします。

 しかし、自己水源があり、経営状況も良い生駒市、大和郡山市などが参加する理由は釈然としません。給水人口が減少する中、広域水道企業団のトップには知事が就任するので、市町村長の責任は軽くなるでしょう。

 国内を見渡せば、「弱者救済型」として厚生労働省(現在の主務官庁は国土交通省)が例示した統合もあります。これは、北九州市が直営を堅持しながら同じ流域の2町の水道を編入した先例で、分水という歴史的なつながりもありました。こうした統合にも国庫補助金があり、小さい2町との水道と真摯(しんし)に向き合った市の課長論文が残っています。

直営にも良さがある

 今年5月、大阪市内で「水道の自治」をテーマにした集いがあり(NPO政策研究所総会、講演・浅野詠子)、会場から大阪府豊中市の前副市長、田中逸郎さんが発言されたことが印象に残っています。今日では民間委託が当たり前になったごみの収集業務を引き合いに出され「職員が地域を知る最前線の現場だ。直営であれば、ごみ出しが困難なお年寄りなどの世帯を迅速に助けることができる」と言及しました。その上で田中さんは「水道の広域化も、こうした観点から検証していくと、自治が後退する懸念が出てくる」と意見を述べられました。

 人口40万の都市です。同じ豊中市でかつて助役だった芦田英機さんは、自治体業務の民間委託が盛んな世相の中で「地域固有の問題を解決するための職員の能力まで手放すなよ」といさめたそうです。この言葉は、東大阪市の水道統合議案を取材中に同市職員から聞きました。芦田さんは市役所の窓口業務こそ市民社会との大事な接点であるとして、安易な民間委託のマイナス面を考察していたそうです。

 大阪市は橋下、吉村の2代の市長が水道民営化の条例案を出して否決されていますが、民間委託路線の一環として、検針と集金の業務をフランスの水メジャー大手の関連会社に発注していました。同市水道局の労組出身で、政策提言誌を編集する人から、先に触れた「水道の自治」を探る集いで聞いた話です。

 水道料金の徴収業務を巡り、人々の暮らしをつぶさに知ることのできる大事な職務だという視点でした。ある家では「今日は10円しか払えへん」と言われたが、職員は自分の存在をかけてそれを認め、10円だけ集金して帰って来たそうです。「これが直営の意義だ」と確信を持って語られました。

 奈良県の水道広域企業団は、生活保護世帯の水道料金減免を特段の葛藤もなく廃止する予定です。

 豊中市の元幹部お2人の視点、大阪市の元労組出身者の意見について共感する住民は相当いるでしょう。府政も奈良県政も、水道統合に対する疑問に丁寧に答えていくことが大事だと思います。

議会の1票差で水道の将来を決めてよいのか

 さて今年3月、大阪府内で人口が3番目に多い東大阪市の議会は、同市を含む周辺6市との水道事業・経営統合議案を否決しました。府が掲げる「府域一水道構想」の推進に対しては慎重な意見が出ています。

 昨年3月には、同府和泉市議会が同市を含む7市水道の統合議案を否決しました。また、議決ではなく、首長自身の判断で周辺自治体との水道統合協議から離脱したのは大阪府大東市、河内長野市、羽曳野市です。奈良県の「県域水道一体化構想」を巡っては、給水人口が県内最大の奈良市、そして水道料金が最も安い葛城市が、いずれも市長の判断で協議から離脱しました。

 水道統合を巡る東大阪市議会の議論は昨年あたりから活発になりました。野田義和市長はかつて自民と公明の支持を受け当選しましたが、先の選挙から維新公認として出馬したため、議会の風当たりが強くなってきたと言う人もいます。

 しかし自民も公明も、市政の野党になった以上は、争点を発見することが仕事ですし、事実、熱のこもった質疑が展開されてきました。水道を担う職員たちは、統合により一部事務組合の企業団に身分移管することについてどう考えているのか、市が実施した調査の詳細を公明の市議が質問したこともあります。企業団への身分移管を希望する職員は2割程度にとどまるという調査結果が明らかになり、波紋を広げ掛けました。

 これでは、いくら水道広域化のメリットを当局がアピールしても、現場の志気は高まっていないという側面が伝わってきます。とりわけ東大阪市は水道の技術者が多いので、統合すれば市外のエリアに応援に入ることも予想され、それだけでも市域の水道は弱くなりかねないという懸念が議会で出ていました。

 東大阪市議会の水道統合論議を取材して、気が付いたことがあります。これまで私は、自己水源が良好で豊富にある自治体ほど広域化に慎重で、単独経営のメリットが追求される、との傾向をつかんでいました。しかし東大阪市は自己水源がほとんどなく、用水を府の企業団から買っています。すると、自己水がなくても、それなりの給水人口や技術力があれば、住民サービスや福祉対応などで、広域化の企業団に劣らない組織づくりの可能性が議論されていることを知ったのです。

 さて私の住む奈良県では、水道統合の協議に参加している26市町村のうち、市議会の賛否が拮抗しているのは大和郡山市です。いよいよ、この9月議会が天王山ということで、最終の票決が行われます。

 その前段として、統合構想を法定の協議の場に乗せるか否かの賛否を問う同市議会の採決は2023年3月にあり、1票差で可決しました。いまだに挙手によって賛否を示す古い方式です。この採決の際、水道広域派の議長が「賛成多数で可決」と即時に宣言したので、私は傍聴席にいて、なぜ、こんなに早く賛否の数を集計できたのだろうかと不思議に感じました(何票差の可決か即日は公表されなかった)。

 電光表示により採決の結果を明瞭に示す市町村議会は次第に増えてきたでしょう。大和郡山市は市庁舎を建て替えたばかりなのに、肝心な議場は旧態依然のままの姿で、改善を放置したも同然です。

 そもそも市民みんなの水道の将来を1票差で決めてよいのでしょうか。石川県金沢市などは、市民の重要な公共物を廃止するときは市議会で3分の2の特別多数で議決する仕組みを有しています。

 1票差で大事な物事を決めてしまうということは、市民全体の意見からは相当懸け離れているはずで、議会はもっと熟議に努めるべきだと思います。

これからの水道水源を考える

 奈良県が水道統合の構想を打ち上げて6年になります。すぐに取材を開始し、ウェブニュース「奈良の声」に記事を書いてきました。

 私は地方紙の新人記者だった1980年代後半、紀伊半島東部の山岳地帯を含む9カ町村を5年間、担当しました。川上村の中心部など500世帯を立ち退かせた大滝ダム(国土交通省、紀の川上流吉野川)の建設が少しずつ進められていたころです。大滝ダムの建設を巡っては激しい反対運動もありました。群馬県長野原市の八ッ場ダム計画を巡っても反対運動が起きていて、象徴的に「西の大滝、東の八ッ場」と呼ばれていました。

 村政は今でこそダムと折り合い、「水源の村」を掲げています。それとは裏腹に、村の人々は「ダムのことは話したくない」と冷ややかな態度を示します。胸のうちにため込んだ重たい何かがあるでしょう。この大滝ダムは、奈良県の水道統合の主要水源になります。

 伊勢湾台風をきっかけにダムは計画され、50年間も延々と工事を続け村民に迷惑をかけてきました。かつては国と補償交渉する組合が複数あったのに、これらが解体され、やがて水没者と国が1対1で立ち退きの補償交渉をするようなると、金が絡んでくるだけに、疑心暗鬼のような空気が地域に広がっていきました。

 ある水没地などは、自治会が分裂してしまい、村内の別々の場所に移転しています。産土神の春・秋の祭礼には、2派それぞれが「顔を合せたくない」として、1日に2度神主が神事を行ってきました。

 ダム完成間際の試験貯水中に地滑りが起きた土地でも、どこに移転するかの話し合いがこじれて対立する2派ができ、人々は分裂します。地域の絆こそ、防災のイロハではないのでしょうか。

 水道統合で賛否が拮抗(きっこう)する大和郡山市の水道は現在、半分はこの大滝ダムの水(県営水道)を使い、そして半分は地下水をくみ上げて浄水場に引いています。大滝ダムの水を奈良県民が一滴も使わないとしたら、立ち退いた人々に申し訳ない気もしますし(将来はダムを撤去する理想を抱きつつ)当面は補給水として使い、基本は地下水などの自己水を大事にする、こうした折り合い方なら妥協できると私は考えます。

 大和郡山市が統合に参加すると、生物接触ろ過施設を持つ素晴らしい地下水浄水場がすぐに廃止されます。薬品の使用を抑え、環境に優しいこの施設を廃止するのは惜しいと思います。

 国連のSDGs(エスディージーズ、持続可能な開発目標)は「住み続けられるまち」を目標の一つに掲げていますね。山村の文化や清流を水没させる巨大ダムは、この理念に背を向けていないでしょうか。奈良県の水道統合計画は、市街地から遠い大滝ダムを主水源にし、人口の多い奈良盆地への導水を加速させ、効果額を出すために現在18カ所ある主要浄水場を8つに減らします。水道水源はなるべく生活に近い所に、そして住民みんなで見守り、近隣で水源の森を育てることが大事だと思います。

 本日のシンポジウムを主催する皆さんに昨日、上田市営染屋浄水場をご案内いただきました。大正12(1923)年から稼働する100年の水道施設が現役で稼働するさまに感動しました。とりわけ全国に誇る緩速ろ過の取り組みにより、砂れきの微生物群が水中の不純物を補足し、抜群においしい水道水が作られていることを学びました。

 それでは、この浄水場の保全に長年、貴重なアドバイスを続けてこられた信州大学繊維学部名誉教授の中本信忠さんにマイクをお渡しします。ご清聴ありがとうございました。

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県域水道一体化を考える

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