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ジャーナリスト浅野詠子

視点)奈良県水道一体化 自治後退し、国推奨の統合モデルへ

奈良県広域水道企業団の本部に予定されている田原本町保健センターの建物=2024年4月18日、同町宮古

奈良県広域水道企業団の本部に予定されている田原本町保健センター=2024年4月、同町宮古

 水道の広域化を推進する改正・水道法施行(2019年)以来初の大型統合計画を進める奈良県。26市町村もの直営形態を2025年、一気に廃止して県営水道と垂直統合し、統一料金による事業統合を成し遂げる見通し。一方、事業主体の県広域水道企業団は一部事務組合の形態で、れっきとした地方公共団体だ。時限措置の国庫補助金を満額受給するスケジュールが優先され、住民参加や情報公開の在り方に多くの課題を残す。このまま推移すると水道の自治は後退する。

黒塗りだった議員定数案

 一部事務組合は、複数の自治体の事務の一部を共同処理する。「特別地方公共団体」と呼ばれる。県内ではごみ処理や消防、国民健康保険など多様な分野で前例がある。奈良県は平成の時代、王寺町周辺で住民発議の合併推進運動もあったが、消極的な首長も多く、府県別の合併達成率は大阪府に次いで下から2番目だった。これから給水人口が減少してく傾向を心配した荒井正吾前知事が強力なリーダーシップを発揮し、経営格差の著しい市町村水道の統合構想を一気に進めた。

 大和郡山市の上田清市長が前回の市長選で公約として掲げた一体化不参加。そこから一転し、内部留保引き継ぎルールを改めた荒井氏の誘導策に乗り参加を表明したのが2022年12月。記者会見で「一体化は企業団に決定権があるが、本市選出議員を通じて、意向は反映される」と配布したペーパーに明示した。

 その1カ月ほど前。県域水道一体化を推進するための「意思決定プロセス等検討部会」が奈良市内で開かれ、関係市町村長や副知事らが出席し、企業団議員の定数案が示された。記者は開示請求したが黒塗りの不開示で定数案は何も分からなかった。上田市長はこれを見ていたのかどうか。

 一体化事務局の県水道局は今年3月、関係市町村との県広域水道企業団設立準備協議会(会長、山下真知事)で企業団議会の定数案をようやく示した。それによると橿原市議会からは3人、大和郡山市議会からは2人、町村で最大の人口がある広陵町議会からは1人の議員しか送り出せなくなる。 

情報公開の厚い壁

 水道の品質を有権者が監視していく上でも情報公開制度は大事だ。これまでの一体化協議の過程で県は黒塗り箇所が相当あった。例えば、一体化に参加予定の20以上の市町村が試算した「単独経営は不利」とするデータについての不開示箇所に対し県情報公開審査会(会長、野田崇・関西学院大学教授)が「開示すべき」と2023年に答申し、県が不開示処分を撤回したこともあった。

 生駒市が一体化の市民説明会を開いたのは2022年11月のことだった。単独経営と比べ、一体化に参加することがいかに有利か、財政の試算が示された。

 この時点で、参加市町村のうち敷設年度が不明な水道管の合計は800キロメートルに上り、改正・水道法が要請する水道施設台帳の整備を6市町村が行っていなかったことが、県情報公開条例に基づく記者の開示請求で後に判明する。

 料金試算を巡っては「低廉な奈良市の水準に合わせよう」との方向性が存在したことが、県が記者に開示した一体化協議の会議録で分かり、どこまで科学的なデータを県民に示しているのか不透明だった。

 一体化に参加すれば、料金面で大きなメリットが得られる市町村ほど、住民や通勤者など以外の開示請求権を認めない閉鎖的な情報公開制度になっている傾向がある。

 水道管の敷設年度の記録を怠ったり、施設台帳の整備を先送りしたりするなど、水道経営の実務や情報公開制度運用の改善を怠った市町村ほど、一体化に参加すれば大きな得をする。

 県水道局県域水道一体化準備室は「広域水道企業団の情報公開制度の在り方についてはこれから検討を始め、来年2月に開催予定の第1回企業団議会に情報公開条例案を上程する」と話す。

住民参加乏しく

 一体化の協議に参加中の26市町村のうち、住民説明会を開いて質疑応答の場を設けたのは生駒市と大和郡山市、そして協議から離脱した葛城市の3市にとどまる。第三者委員会を開いたのは奈良市だけだった。県水道局は説明会も第三者委員会も開いていない。

 県主導の統合計画は静かに進行していった。行政が何か新しい制度を始めようとするときには、協働やまちづくりなどの分野に長じた研究者らを招いて公開討論会を開くことがあるが、それもなかった。

 正面から水道一体化をテーマとするパブリックコメントは実施されていない。表題が「新県域水道ビジョン案」(2019年1月)、「奈良県営水道経営戦略案」(2021年2月)というものはあった。およそ一般の県民にはなじみにくく、無関心層に働きかける取り組みとはいえない。

 それでも辛うじて一体化に意見が言えると知った数人が意見を述べた。

 記者は県水道局の担当者に対し「結論を変える気もないのに実施するのか」と尋ねたところ「変わりますよ。そのためのパブリックコメントじゃないですか」と言った。

 葛城市に住む女性は2019年の新県域水道ビジョン案に対し「(一体化の)協議会に参加しない自治体にペナルティー(罰則)を科すことがないように求める」と意見を述べ、県は「参加するしないによってペナルティーを科すことはない」と回答した。

 そう言っておいて裏腹に、一体化への参加を見送った同市と奈良市に対し、県広域水道企業団設立準備協議会は用水供給単価の値上げを予定している。

生活保護世帯の水道料金減免廃止へ

 奈良県の水道統合は、国が推奨するモデルとして、国土交通省が取りまとめる「水道の基盤強化に向けた事例集」の2025年版を飾るとみられる。国は向こう10年間で奈良県に対し206億円の補助金を弾む。その代わり、水道の高料金化に悩む小規模市町村に支出してきた地方交付税を抑制することができる。

 県の一体化助成金も大盤振る舞いで、10年間で国庫補助金と同額の206億円が参加市町村エリアの配水管の老朽管対策や水道広域化連結管などの整備に充てられる。一方、同じ県民であるのに、不参加の2市をはじめ、簡易水道を営む11村の住民には不公平感が募るかもしれない。

 設立準備協議会は今年5月、県広域水道企業団に移行後には生活保護世帯の水道料金減免を廃止する方針を打ち出した。

 隣の大阪府和泉市議会は昨年3月、府域一水道構想に向けた同市を含む6市の水道統合議案を否決。議員の1人は「市として技術職員の募集努力を行ってきたが、統合によって技術職員の確保が大きなメリットになるとは思えない。逆に、経営統合により、現在行っている水道料金の福祉減免制度がなくなるといった市民サービスの低下も明らかとなっている」と同月の本会議で指摘した。

 6市の一つ東大阪市の議会も今年3月、統合議案を否決。議員の1人は「企業団への身分移管を希望する職員は2割程度。統合に向けた職員の機運が醸成されておらず、そのようなモチベーションで水道事業に関わることは、逆に、市民サービスの低下につながらないか」と同月の本会議でただした。

 府内では、大東市、羽曳野市、河内長野市の3市が市長の判断で統合の協議から離脱した。

 府内の市町村で水道の業務を経験した政策誌編集者は「生活の困窮する世帯に水道料金の集金に出向いたことがある。『きょうは10円しか払えへん』と言われ、10円だけ受け取って帰った。それで良いと思った。直営の良いところは人々が生活する現場をつぶさに知ることができ、苦しい生活の事情に対し良心で対応できることだ」と話す。

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