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発行者/奈良市・浅野善一
浅野善一

奈良市西ふれあい広場計画めぐる住民訴訟判決 請求棄却も、計画や用地取得の不明朗さ残ったまま

1996年3月の西ふれあい広場基本計画にある完成予想図。右の道路が都市計画道路一条富雄線、左は富雄団地

1996年3月の西ふれあい広場基本計画にある完成予想図。右の道路が都市計画道路一条富雄線、左は富雄団地

1996年3月の基本計画にある西ふれあい広場平面図。一条富雄線のルートが見直され、北側を迂回している。左端は阪奈道路、下は富雄団地

1996年3月の基本計画にある西ふれあい広場平面図。一条富雄線のルートが見直され、北側を迂回している。左端は阪奈道路、下は富雄団地

【奈良市土地開発公社】公社の役割は市が計画した事業の用地を先行取得することで、取得のための費用は全額、金融機関からの借金。市は債務保証を行い、将来は市の一般会計から支出して土地を買い戻す。このため、公社の年間の土地取得計画は、事業の各担当課からの予算要求を受けて市財政課が立てる。近年、事業実施の見通しがない、いわゆる塩漬け土地を大量に抱え、地価の下落に伴って含み損が膨らんだ。市は、公社の借金173億円4700万円を肩代わり、2013年3月、公社を解散させた。市は肩代わりした借金を、2013年度から毎年約10億円ずつ返済している。返済は20年続く。

 奈良市の西ふれあい広場計画で、市土地開発公社(2013年3月解散)に不必要な土地を高額で先行取得させたのは違法として、市市民オンブズマンの人たちが市を相手取り、当時の大川靖則・元市長らに土地取得の代金など約21億円を損害賠償請求するよう求めた住民訴訟に対する、先月26日の奈良地裁判決。住民の請求は棄却されたが、計画や用地取得をめぐっての不明朗さは残ったままだ。

 同計画は、地元の地主が1991年、障害者福祉のためにと市に寄付した同市二名7丁目の山林内の土地約2000平方メートルが発端となった(寄付当時の市長は西田栄三氏〈故人〉)。土地に進入路がなかったことから、周辺の土地を買い足して、福祉センターや体育館、ゲートボール場、野球場、アスレチック広場、水辺の広場などを備えた公園にする計画に発展した。

 周辺の土地も大半がこの地主一族の所有だったため、公社は1994~2000年、一族の土地を中心に、山林など計約4万8000平方メートルを18億1263万円で取得するに至った。しかし、計画は頓挫し、土地は塩漬けとなった。市は公社を解散させるに当たり、2012年10月、利息を合わせた、同土地取得に伴う公社の借金21億5503万円を肩代わりして返済した。

 原告は裁判で、市が設置した第三者機関「市土地開発公社経営検討委員会」が2011年にまとめた報告書を根拠に、土地の取得は所有者の相続税負担軽減や事業救済という個人的な目的を図るためだったと主張した。報告書は、当時の職員らへの聞き取り調査などを基にしており、名前は明らかにしていないが、市議らの口利きがあったとも指摘している。

 これに対し、木太伸広裁判長は「報告書の内容はあいまいで、裏付けとなる的確な証拠もなく、容易に採用できない」として認めなかった。土地取得の必要性についても、計画案が実際に作成されていた点などを捉え、「用地として本件土地を確保する必要があった」と認定した。

計画発端の寄付土地、利用目的ないまま受け入れ

 しかし、計画や土地取得をめぐっては、不明朗な点がいくつも明らかになっている。

 一つは、計画の発端となった土地の寄付。市は裁判で、寄付土地について「採納を決定した時点では利用について決めていなかった」と認めた。一方、原告は、2010年3月の市議会予算特別委員会で公園緑地課長が同土地について、「福祉施設建設目的として寄付を受けたのが発端。しかし、施設を建設するとなると進入路がなく、土地利用を検討する中、トップダウンで周辺土地取得に大きくかじを切った」と答弁したことを、議会の議事録で指摘した。

 市公有財産規則は、市が寄付を受けるときはその理由を明確にするよう定めている。市が規則に反して、使い道のない土地を利用目的もないまま受け入れていたことは明らかだった。

 利用目的をめぐっては、このほかにも判明していることがある。

 市の寄付採納の起案文書に添付された事業計画書は、同土地について、寄付者の意向を尊重して、障害者の機能回復訓練の一環として行う、農作業の場に利用するとしていた。しかし、その後の西ふれあい広場計画に農作業の場は盛り込まれなかった。

 裁判では、土地の寄付申込書の記入の一部が鉛筆書きだったことも明らかになった。寄付の目的物、寄付者の住所、署名はボールペン書きだったが、「寄付の条件」を「障害者の福祉のため」とした部分と、「寄付の理由」を「障害者福祉に寄与したい」とした部分は共に鉛筆書きだった。

 修正が容易な鉛筆書きは、公文書の常識に反しており不自然。原告は、鉛筆書きの筆跡と寄付者が書いたとみられる住所、署名のボールペン書きの筆跡が異なっているとも指摘した。

計画決定前に一族の土地を取得予定地として特定

 土地取得をめぐる不明朗な点では、計画案によって公園区域の範囲が決まる前に、この一族の土地だけが、取得予定地として特定されていたことが挙げられる。西ふれあい広場の基本計画がまとまったのは1993年度末の94年3月。一方、市財政課が1992年度末の93年2月に起案した1993年度の市土地開発公社事業計画案にはすでに、一族の土地を取得予定地とする概略図が添付されていた。計画は一族の土地を前提に作られた。

公道に面さず、進入路なし

 土地の条件にも問題があった。一族の所有地を中心に取得した土地は公道に面していなかった。当初の計画には、進入路について「私道を一部使用することと仮定する」との記述もあった。

 進入路は最後まで確保できなかった。原告は、2007年5月の市議会建設委員会で公園緑地課長が「公社が本件土地を取得した後は、速やかに公園建設事業に着手する予定であったが、工事進入路がないことから着手に至らなかった」と答弁したことを、議会の議事録で指摘した。

 また、取得した土地は、西ふれあい広場より以前に計画された都市計画道路一条富雄線が東西に縦断する場所だった。道路が完成すれば公園敷地が南北に分断されるような土地だった。市は1996年3月に同広場の計画を見直し、同線を敷地の北に迂回(うかい)させる案に変更している。

 土地の買い取り価格についても、地裁が実施した鑑定の評価額より最大で51%、平均で33%高かった。判決は「必ずしも小さいものということはできないものの、ただちに買い取り価格の相当性を失わせるものとは解せない」との判断を示したが、原告は、1.3倍程度を超える価格で違法とした裁判例などを挙げて、不相当に高額であると主張してきた。

 一連の不明朗さからは、計画より土地の買い取りが先行していた経緯が見えてくる。しかし、市は裁判で、自ら設置した市土地開発公社経営検討委員会が報告書で指摘した、西ふれあい広場計画をめぐる疑惑を否定した。

 原告の代理人弁護士は判決の日、「控訴して争いたい」と述べた。仲川元庸市長は同訴訟が起こされた直後、裁判による問題解明に「行政として全面的に協力したい」と表明している。市は不明朗な点の一つ一つについて、控訴審で説明を尽くすべきだ。【続報へ】

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