視点)奈良公園・高畑の高級宿泊施設誘致 取り巻く都市環境から問題点を考える
図作成・ニュース「奈良の声」
奈良県が県立都市公園「奈良公園」の一角(奈良市高畑町裁判所跡地)に誘致した高級宿泊施設。公園施設としての位置付けがなかったら建築は難しかった。当の宿泊施設が立つ場所もその周辺も、通常は新たなホテル・旅館の建築そのものが認められないか、または認められてもこの規模のものは建てられない。図面に描くと、取り巻く都市環境からの突出ぶりが問題点として見えてくる。
宿泊施設は2020年6月に開業した。広さ1万3000平方メートルの県有地に立つ。延べ床面積は4200平方メートル。建物は、いずれも2階建ての宿泊棟(3600平方メートル)と飲食棟(600平方メートル)の2棟から成る。敷地の6割近くは、県が宿泊施設の誘致と並行して復元、整備を進めた日本庭園が占め、無料で一般公開されている。
宿泊施設が立つのは市街化調整区域。通常、開発行為(建築物を伴う区画形質の変更)は困難だが、県は2016年12月、県有地を県立都市公園「奈良公園」に編入、同宿泊施設を公園施設と位置付けることでその建築を可能にした。公園施設は「公益上必要な建築物」として、市街化調整区域における開発許可の適用対象から除外される。県有地は現在、奈良公園「瑜伽山(ゆうがやま)園地」と呼ばれている。
県有地は奈良市風致地区条例の第1種風致地区にあり、認められる建築物の規模は建ぺい率20%以下、高さ8メートル以下。宿泊施設が使用するのは日本庭園を除いた部分だが、建築確認は日本庭園に設ける茶室なども含め、県有地全体を敷地として行われた。最大で建築面積2600平方メートルの2階建て建物が可能だった。実際の建築面積もこれと同規模の2550平方メートルになった。
一方で県有地は周辺に広がる市街化調整区域の一部。ここを一歩出れば、新たに宿泊施設を建てることは難しい。
また、許可される場合でも規模が抑制されている。同様に市街化調整区域で、県有地の西100メートルに宿泊施設の建築可能な場所がある。奈良市が2016年、都市計画法第34条第2号に基づき指定した「旧大乗院庭園・興福寺界隈」の沿道。市街化調整区域内にある観光資源の有効利用を目的に行う開発行為を認めるものだが、市の審査基準で許可される宿泊施設の延べ床面積は500平方メートルまで。県有地の宿泊施設の8分の1以下だ。
市街化区域であっても、県有地の南側に隣接する第1種低層住居専用地域はホテル・旅館を建てることができない。さらに、同地域の南側に隣接する第1種住居地域では制限は緩和されるが、許可されるホテル・旅館の延べ床面積は3000平方メートル以下。
市街化区域と市街化調整区域の区域区分は県が決定している。また、同県有地周辺の用途地域は、奈良市域の用途地域の決定権限が同市に移行する2000年までに県が決定(大和都市計画用途地域の決定1996年4月1日告示)したものが現在まで続いている。この一帯の開発を抑制するという方向はもともと県が決めたものだった。県は、従来の都市計画を見直すことなく、県有地の都市公園への編入という方法で、周辺のどの制限も超える規模の宿泊施設を誘致した。
都市計画法第3条により、県は地方公共団体として「国および地方公共団体は、都市の整備、開発その他都市計画の適切な遂行に努めなければならない」との義務を負う。同時に宿泊施設の誘致者として住民と同様、「都市の住民は、国および地方公共団体がこの法律の目的を達成するため行なう措置に協力し、良好な都市環境の形成に努めなければならない」との義務を負っている。
記者は先月14日、宿泊施設の開業後、住環境が変わったかどうか近隣を歩いて住民の声を聞いた。2人が取材に応じた。
40代の女性は「昨年夏、宿泊客が夜中に騒いで子供が眠れず、パジャマのまま抗議に行った」と話した。抗議には2度行ったといい、抗議後、宿泊施設側から、宿泊客に対し夜中に窓を開けて騒がないよう注意書きを渡すとの説明があり、それ以後はなくなったという。
60代の女性は「宿泊施設の車や宿泊客の車の出入りが結構な頻度であるので、最徐行をお願いしている」と話した。要望したことは丁寧に対応してくれているという。「施設は建ってしまった。百歩譲って受け入れるしかない」というのが女性の心境だ。
記者は宿泊施設に対し、こうした住民からの抗議や要望があったかどうか、どのように対応したかについて問い合わせた。宿泊施設の運営会社の広報担当者から、回答は控えたいという趣旨の返事があった。
「奈良の声」は昨年7月、県奈良公園室に対し、「客室料金が高く利用者が限られる高級宿泊施設の公益性はどこにあると考えるのか」「周辺の制限を超える宿泊施設は都市環境の連続性、一体性を欠くのではないか」と質問。
同室は「有識者の意見を聴いて奈良公園基本戦略を作り、事業を進めた。県の主張は訴訟(近隣住民が県の宿泊施設設置許可取り消しを求めた訴訟)の中で明らかにし、宿泊施設は県の裁量として適法なものと認められた」と答えている。富裕層が利用する高級宿泊施設の誘致が奈良の魅力向上につながるというのが荒井正吾知事の持論でもある。