追跡)メガソーラー計画頓挫 奈良県山添村 用地買収進まず業者撤退
特産の茶の畑と棚田が広がる村の風景。メガソーラーは奥の山林に計画された=2025年5月22日、山添村春日、浅野詠子撮影
奈良県山添村の山林に計画されたメガソーラー(巨大太陽光発電施設)は着工に至らず事業が頓挫した。業者が県に申請していた81ヘクタールの事業用地のうち20数ヘクタールが未買収のまま時間が経過、国の電力買い取りの特例制度(FIT認定)の適用が無効となり、現地合同会社の親会社に当たる東京都内の企業は昨年、事業から撤退した。計画地は水道水源の上流域に当たり、反対署名は村内人口の半数を超えていた。
同企業が県に提出した事前協議の書類によると、標高400メートルから500メートルの傾斜地に太陽光発電パネルを設置し(設置面積約40ヘクタール)、2022年に着工、翌23年9月に完工するとしていた。事業予算は百数十億円ぐらいになると同企業は住民に説明していた。
これに対し、反対署名の数は1730人(村外署名9207人)に上り、2021年11月、県に提出された。
買収に至らなかったのは同村春日区の共有林16.3ヘクタール、広代区の共有林2.8ヘクタール、ほかに複数の個人が所有する8.6ヘクタール。 反対運動の事務局長を務めてきた藤森良一さんは「私たちはこれまで区として、区の単位として開発計画と向き合ってきた。個人個人が参加する反対運動とは異なっていた」と述べた。
経済産業省は「定められた期日までに発電事業の運転ができなかつた」として2023年4月、FIT認定失効を公表。その後、同企業は現地事務所を引き払った。
同企業の話では、メガソーラーの事業予定者だった合同会社の持分すべてを昨年、別の法人に売却した。
野村栄作村長は先月21日、「奈良の声」の取材に対し、この法人と昨年9月に面談したことを明らかにした。村長はこの法人について「県内の会社」とするにとどまったが「工業団地の造成や宿泊施設の建設など、開発に意欲を見せていた」と述べた。
「奈良の声」の調べでは、法人は奈良市内のデベロッパーで、取材に対し、メガソーラーが計画された山林について、「(開発を)検討している」と述べた。
守られた共有林、反対住民の監視続く
県議会でも厳しい批判が出た同メガソーラー計画。その後の動きを知るため、記者は今年3月から関係者への取材を重ねた。村の関係者によっては「いったい何を書くつもりで取材をしているのか。ソーラーの反対運動が収まって、ようやく静かになったところだ。村の将来を見据えると開発は非常に大事である」と言った。
メガソーラー計画が凍結状態になると、今度は残土処分場を誘致してはどうかと、村民らに勧める人も現れた。「山を遊ばせておいてもお金になりませんよ」と言われた人もいる。
4カ大字の各区長を中心に活動してきた「馬尻山のメガソーラーに反対する会」は今年1月、名称を「馬尻山の水と自然を守る会」に改めた。会は引き続き、買収された山林の監視を続けている。今後は自然観察教育やビオトープ、都会の人たちの森林浴の場などに活用されることを望んでいる。
各区が買収に応じず守った共有林の歴史は古い。村史によると、馬尻山共有林は広代区最大の財産だったという。伊賀地方と所有権を争った末、寛文2(1662)年、広代、中之庄などが共同で利用する入会地であることが確認された。広代区に住む藤森さんは「現在も私たちは毎年1月7日、山の神さんに参り、餅や米を供える」と話す。森の自然を畏敬し、大切にする村民の姿が垣間見える。
「次は何が来るのか…」。メガソーラーが凍結状態になっても反対住民に笑顔はない。「気を緩めたらあかん。業者は土地を持っている。どこかに転売されることはないか、土地の動きを登記簿で監視し、これからも村民がアンテナを広げて情報を共有し、話し合う会議を随時開くことが大事」と元村議の向井秀充さんは表情を引き締める。
土地の動きを知るためには、法務省法務局で登記事項などを得ることになるが、1筆600円(要約書は500円)の手数料がかかる。メガソーラーの計画地は500筆余り。一度に土地の動きを知ろうとすれば、単純計算で30万円。高い壁になっている。村民は、買い物のついでに隣の三重県伊賀市内にある三重地方法務局に今も車を走らせる。
村民の間に「しこり残った」
計画を容認する村民との間に亀裂が入り「地域が分断しかけたことが辛かった」「今も、しこりが残っている」と反対した人々は話す。普段の人間関係にひびが入り「すれ違っても互いに目も合せない」という変化も起きている。
分断という状況は目にはよく見えないものの、メガソーラーを計画した企業が自ら「山添村の未来を切り拓(ひら)き 村の分断を乗り越えよう」(2021年2月28日付)と呼び掛ける開発PR紙を村内ほぼ全域に配布。計画を容認する住民の投書をそこに載せたこともあった。
このPR紙配布から8カ月ほどが過ぎたころ、春日区内の住民を対象に企業が個別訪問をし、交渉が進められた。これに対し地元区長らは「ソーラー開発の交渉は、計画地近くの4カ大字の住民を対象に合同で行ってほしい」と連名で企業側に要望。個別折衝がもたらす地域の分断などを警戒した。
計画地の近くには水道の取水口がある。2020年には、村水道水源保護条例に基づく水道水源保護審議会の会長、三宅正行村議が会議を招集しようとしたが、当時の村の事務局がなかなか動こうとせず、開催は半年先という出来事もあった。
懸念が払拭されない中、奥谷和夫村議の提案で村の有志が2021年11月、県南部山間地の川上村を視察した。村を流れる吉野川への大滝ダム建設に翻弄された歴史を持つ村はその後、ダムとの共存施策に転じ、1999年からは同川上流域の天然林740ヘクタールの買収に乗り出すなど「水源の村」を掲げている。
これからの山添村政を探る上で、ヒントがあるかもしれないと、奥谷村議らは栗山忠昭村長(当時)と面談した。川上村の村有林を拡大する施策は山添村にもできるのかどうか同村議らは考えた。村民の上水道浄水施設は広範囲の18カ所に及ぶ。
2021年12月の村議会定例会で村議の1人が次のように発言している。「全国のメガソーラー計画地で住民との係争が絶えない。どうして田舎に持ってくるのでしょうか。土地が安い、人が少ない、あまり誰も文句を言いそうにない、役所がもたもたしているかもしれない、税収が増えるぞ、土地の賃貸利用があれば楽できるよ、などという甘い言葉が受け入れられやすい。地域の産業が衰え、人口が減少し、財政も傾き疲弊しつつある地方に、何かの弱みにつけ込んで自分たちの産業を持ち込もうとしている」
この間、村議会では活発な論議が繰り広げられた。平成の大合併のうねりが起きた当時、奈良市に編入された旧月ケ瀬村地区、都祁村地区に今、村議会はない。山添村は、奈良市への編入を問う住民投票の結果、単独村を選択した。開発を巡る問題を地元の議会で議論できる。
メガソーラー計画が頓挫し、今後あらためて浮上するであろう開発にどう対応するか、野村村長に聞いた。
村長は、メガソーラーに反対する人たちが掲げていた3点を引き合いに出した。一つ目は水道水源への影響、2つ目は大規模森林伐採による災害リスクの高まり、3つ目は豊かな自然環境の喪失。「いずれも大事な視点だと思う。開発による村のメリット、地域のメリットを考えたいが、開発には地元住民の同意が必要だ」と述べた。
メガソーラー計画が頓挫し、反対した村民がこれからの山林の在り方を語り合う=2025年4月13日、山添村広代、浅野詠子撮影
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