視点)地下水利用の浄水場全廃 水循環基本法計画と乖離 奈良県域水道一体化方針
暮らしの身近なところにある水道水の井戸。深さ250メートルの地下からくみ上げる大和郡山市営昭和浄水場の施設=2021年4月5日、同市池沢町
健全な水循環を目指し2014年、衆参本会議において全会一致で成立した水循環基本法の基本計画が昨年6月、策定された。法施行後の5年に1度の基本計画見直しに当たる。計画は持続可能な地下水の保全と利用の推進を掲げる。これに対し奈良県は、県内すべての地下水浄水場の廃止を促し、巨大ダムを主水源とする県域水道一体化を推進している。著しい乖離(かいり)がある。
国土交通省水資源政策課が描く地下水マネジメントのイメージ(同省ホームページから)
水循環基本計画を踏まえ国土交通省水資源政策課が作成した地下水の利用と保全のイメージ図は、地下水を生活用水として、あるいは危機時の代替水源として描く。奈良盆地の日常を連想させる。
戦後から昭和40年代にかけ、大都市の急激な地下水のくみ上げが深刻な地盤沈下を招いたことはよく知られ、教訓が残された。適正な利用に努めれば、地下水は健全な水循環を担える存在であることが政府の基本計画から読み取れる。
環境省土壌環境課地下水・地盤環境室は本年3月、地下水保全の実践事例(国内57、海外1)を発表。西日本では、兵庫県加古川市の河床掘削工事における地下水保全、京都市による災害発生時の地下水供給設備などがある。降雨量の少ない愛媛県西条市は、地下水を「地域公水」と位置づけ、その保全を推進している。
奈良県の政策はこれらと正反対といえる。県は2017年、生駒市など6市の11浄水場を廃止する目標を打ち出した。うち4市の浄水場が現在も地下水をくみ上げている。江戸期のため池を利用した葛城市の3浄水場も、戦時下に着工した農業土木遺産・倉橋ため池の水と地下水を導水する桜井市営外山浄水場も、廃止リストに入った。国の水循環基本計画は、ため池の役割も重視している。
内閣官房水循環政策本部事務局は「水循環基本計画の内容について国が自治体に努力を要請することはありません。水循環は自治体の自主的な取り組みを重んじています」と話す。
そうすると、自治体の水道行政は、水道の広域化を促し、これを奨励する補助金(厚生労働省)を付け、コンセッションという民間企業に水道事業の運営権を設定できるやり方に新たな道を開いた改正・水道法(2019年施行)の方に影響を受けざるを得ない。
日本地下水学会(会長、徳永朋祥・東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)は昨年1月、「災害時における水の確保―地下水利用の現状と課題を探る」と題したセミナーを開催。同学会がホームページに掲載した案内文によると阪神淡路大震災では、緊急の生活用水源として井戸水が大きな力を発揮した。東日本大震災では、水道管、配水池、浄水場の被災による広範囲、長時間の断水があったことから、同学会は地下水を重要水源と位置づける。
これからの社会の持続的な発展に向け、水循環の小規模化などを評価して追求する最近の研究の中には、北海道大学の次世代都市代謝教育研究センターの取り組みもある。水資源の確保を巡り、ダムの貯水と長距離導水に依存を高めようとする奈良県の政策は、大規模集中の20世紀型といえそうだ。
一方、水道事業は、健全な水循環の努力だけでは収支はすぐには好転せず、数字上の経営改善が常に問われる。荒井正吾奈良県知事が県域水道一体化の号令を掛ける以前から、県内市町村の多くは率先して地下水などの自己水を廃止し、ダムを水源とする県営水道に切り替え、コストダウンを図ろうとした。
本年1月、県域水道一体化に向けて覚書を交わした27市町村のうち、橿原市など16市町村はすでに自己水の浄水場を停止し、県営水道に切り替えた。
27市町村のある水道担当者は「100%県水に切り替えたが、地下水浄水場の施設はすぐに取り壊していません。覚書の中身が先行きどうなっていくのか不透明だからです」と慎重な対応を見せる。また、現在、県水と地下水などの自己水を半分ずつ利用する宇陀市の水道担当者は「物理的に県営水道からの導水が非情に困難な地域があり、地域の浄水場をすべて廃止することはできない。一体化に向けて設立される企業団が引き継ぐ課題になります」と話す。 関連記事へ